異変の第二幕揚陸艦グリフォン、巡洋艦テネレの双方が、その連絡を受けたのは、ほとんど時間差のないタイミングであった。正確には、情報を入力したディスクを手渡しで行ったグリフォンのほうが、若干遅れたかもしれない。「なんだあ? 消えたC768が大西洋上に墜落しただとぉ?」 「映像資料はありませんが、民間の漁船が目撃したそうです。続報が入り次第連絡しますが、そちらでも民放番組を受信しておいてください」 フレディ総支配人から受け取ったディスクを読み出ししながら、キャプテン・トドロキは、ブリッジのサブモニターに映し出された電文を読み返して、頭をかきむしった。 「どういうことだよ。遭難から5日も経って、いきなり『大西洋にどぼん』はねえだろうが。人工衛星が落ちるのとは訳が違うんだぞ。誰も大気圏再突入に気がつかなかったってのか」 「情報を総合すると、C768は、大気圏突入をした様子はなく、洋上の空に突然出現して、海面に落下したと言うことです。まるで・・・異次元のトンネルを漂流していた難破船です」 フレディにしては変わったものの言い方をすると、キャプテンは感じた。名うての総支配人も、本社からの情報が断片的で、事件の状況を把握しかねている様子なのだ。 「生存者はどうなんだ」 「不明です。船そのものは海面激突の際に大破したようですが・・・ それから、これは別ルートで入手した情報ですが、2ヶ月ほど前、アナハイム社の新型MSが宇宙軍での試験運用中に行方不明となり、2日後に月面に激突しているのを発見された事故がありました。これがどうも、トラップがらみの事故だったようです」 「お前さんのことだ。そういう事例をあと三つくらいはキャッチしてるんだろう」 「キャプテンも鋭いですね。その通りです。どれをとっても目撃者がなくて、状況から推測するしかないケースばかりですが。軍部は、トラップの存在を確定的に認識していると見るべきです」 それを聞いたキャプテン・トドロキは、少し声をひそめて言った。 「なあ、こんな会話を無警戒にしゃべっててもいいのか? 俺ぁ、いきなり艦砲射撃くらうのはいやだぜ」 「心配はごもっともです。こちらもそれなりの構えを持っておかなくては、事態の対処に乗り遅れるおそれはあります」 「知りすぎて口を滑らすのはもっとやばいな。とりあえず大西洋の話は詳しく調べておいてくれ。状況次第では現地に降りることも必要かもしれないぞ」 「私も同感です。その件については、本社を通じて軍からお墨付きが出るよう手配してみます。一連の事故についても、共通事項がないかどうか調査しましょう」 総支配人は、グリフォンの出航時間が迫ってきたので、D3に戻っていった。キャプテン・トドロキは、出航手順とブリッジ勤務をケニーに代わってもらい、モビルスーツデッキにあるパイロットとメカニックの詰め所に降りた。この習慣はなかなか抜くことができない。 グリフォンでは第1デッキ、つまり左舷ハンガーの詰め所が、パイロットたちの休憩施設として利用されている。右舷にあるスペースは接客用に充てられているため、右舷で働くスタッフも、休憩時間はわざわざこちら側に流れてくることが多い。 詰め所にはデビットとエディだけがおり、モビルスーツ・ザクの調整事項について打ち合わせを行っていた。 「キャプテン、今度の調査でザクを引っ込めてマラサイを使うのは、相手に気兼ねしてのことかい?」 デビットがたずねた。目は笑っているが、含みのある言い方だ。 「そういうわけじゃない。スペック上の索敵能力の問題だ。使い慣れた機体に愛着を持つのは分かるが、所詮ザクは四半世紀前の機体だからな」 「だがマラサイだってアナハイムの余り物だった機体だ。四半世紀という時間を現役で使用に耐えられる機体がザクだ。キャプテンがスペックでものを言うとは思わなかったな」 「なあデビット、本来俺は危険度の高い調査方法は採りたくないんだ。MS使う捜索なんて願い下げたいくらいだ。トラップがもし至近距離に出現してみろ、MSなんかじゃひとたまりもない。そういう仕事こそ軍の領分じゃないか」 「じゃあ、我々の出る幕はないのかい」 「無い、ということにしておきたい。まあ、そういうわけには行かないだろうがな・・・ときに、ぼうずはどうしてる?」 「タクマを手伝ってF型のメンテをやってる。あれは拾いもんだな」 エディが答えた。 「使えそうか?」 「飲み込みは早い。ちょっと気負いがあるというか、無理をしてるところが子供らしくはないが」 「どういう基礎訓練を受けてきたかは知らないが、初めて宇宙にあがってきたとは思えない適応力だね。リゲルグ・シルエットをいきなり操縦できたってのは、正直言ってびっくりした」 2人は口々にヤマトを評価する。 「あまやかす必要はないが、かわいがってやってくれ」 キャプテン・トドロキはそう言って詰め所を出ていく。ザクを視察するふりをして、ヤマトたちの様子を見に行ったようだ。 タクマの指示に従って何十枚もの基盤を点検していたヤマトは、ザクというモビルスーツの機体設計が、いかに高いメンテナンスフリー性能を持っているかを実感した。20年以上前の機体が現役で稼働できるのも、整備性の良さによるものだろう。 サイド国家である以上、国力としての限界を意識しなくてはならなかったジオン公国にしてみれば、1人のパイロットを腕利きにまで育て上げるのと同様に、1機のモビルスーツにも高いサバイバビリティを与えることで、物量で攻めてくる連邦軍に対抗しようとしたのだ。 兵器開発においては、ジオンは技術に対して惜しみなく資金を投じたという。可能性のあるものは何にでも手をつけ、試してみてだめなら放棄する。そうしたメイク・アンド・トライの末、様々な機動兵器が実用化された。 が、これを徹底したのはどちらかと言えば連邦側であった。 ガンダムという冠が付いていても、RX系のモビルスーツとZ系可変モビルスーツとでは細部まで互換性が確立されていない。 過去にザクの頭部センサーユニットをZに取り付けたという記録があるらしいが、それは現場ならではの荒技であり、基本的にRXシリーズの腕や足をZに取り付けることはできても、それでZが本来の運用を可能とするわけではない。こうした荒技にも関わらず、それを水準以上の性能値で乗りこなしてしまうパイロットがいたりすると、「そりゃニュータイプのなせる技だ」などといううわさ話も発生する。 このような風潮が高まっていき、一年戦争後の爆発的なモビルスーツのバリエーション化は、特定のパイロット専用機並みに複雑化してしまう。これではコストダウンどころではない。 「初期のRXシリーズだけじゃないの? コアブロックシステムと言ってさ、コアファイターを中心にMSのパーツを組み替えてガンダムやキャノンに換装するわけだ。これは戦術的にも汎用性の高いMSをローコストででっちあげられるよな」 タクマがヤマトに説明する。彼もキャプテンの影響を受け始めて、言葉遣いが粗野になっている。 「でもRGM系では廃止されたシステムですよね。ザクに近い思想に変わったのは、生産コスト主義に押されたということだけど、可変MSが登場するようになってからは、MSの局地戦仕様というか、機体ごとの特殊構造がやたらと目立ってくるでしょう?」 ヤマトは機体バリエーションの多様化と、整備項目の複雑化は比例するのではないかと思っている。だから量産機には当然の共通マニュアルも、メンテナンスフリーさと組み合わせた場合に強い生還能力をもたらすはずだと感じた。 「そういう話はキャプテンの前ではするなよ。来週キャプテンのZ機が帰ってくるらしいから・・・ よし、ヤマト、こっちはユニット単位のチェックは全部オーケーだ。できるかどうか試してみな」 「えっ、僕がやっていいんですか?」 「あたりまえだろ。お前はメカニックなんだからさ。こういうのも経験しとかなくちゃ」 タクマは目の前でバラバラになっているザク用120ミリライフル・レプリカの組み立てを命じる。 このライフルも実弾を発射するものではなく、アトラクション用に開発された通信レーザー発信銃だ。ばらされている状態でもパーツ一つ一つが自動車並みの大きさに見える。 ヤマトはこれから、ザクそのものの手を使って、このライフルを組み立てるのだ。もともと前線での独力整備を想定して設計されたライフルであり、その基本構造を踏襲したユニット構成であるから、モビルスーツの手で組み立ても解体も可能だった。 「ねえヤマトっ、それが終わったらあたしの機体のマーキング手伝ってよ」 プルがやってきて、ザクにとりつこうとするヤマトを呼び止めた。呆れたタクマが言い返す。 「マーキングって、あれだけ派手な機体にこれ以上なにするんだよ」 「コクピットハッチに線を引くだけだから、それくらいならいいってエディから許可もらったもん」 プルは楽しそうに言いながら、胸ポケットから紙切れを取り出して広げて見せた。 記号のようなマークが手書きで記されていた。 手書きだからゆがんではいるが、真円の中に縦線が3本、斜め線が1本、横線が1本引かれている。タクマにはどういう意味を持つマークなのかはわからなかった。 「なんだこりゃ?」 「力の出るおまじないよ」 「おまじない・・・こんなのどこから持ってきたんだ?」 「ないしょ。ほら、ヤマト、こういうの書ける?」 ここからじゃ見えません、あとで、と、コクピットの乗り込み口から顔を出したヤマトが言った。ザクのカメラを使えばプルがかざしている紙片のマークくらいは読みとれるだろうが、今はライフルの組み立てに集中しなければならない。 『パーツがはねると危ないですから、詰め所に入っててください』 外部スピーカーを通して、ヤマトが注意を促す。タクマとプルは詰め所に戻る。 ヤマトの操縦するザク2.06Fは、ゆっくりと腰をかがめると、ライフルのパーツに手を伸ばす。余圧されたデッキ内とはいっても重力はない。ちょっとした力のかけ方が慣性を生み、重量が無くとも質量を持った物体は危険な浮遊物となってしまうこともある。 「うわあ・・・手がふるえる」 ユニット同士をつなぎ合わせ、はめ込むことでパーツがロックされる組み立て方式だから、組み立てそのものは難しいことではない。ヤマトはザクのモニタースクリーンに照準サイトを投影し、位置決めをしながら組み立てに入った。 キャットウォークに上がってこの様子を眺めていたキャプテントドロキの顔に、わずかな笑みが浮かんでいた。 ザクの挙動のぎこちなさが、ヤマトの緊張をそのまま表している。端から見るとザクの動きは滑稽でしかないのだが、扱っているヤマトは真剣なのだ。キャプテンにはそれがわかる。 「若いやつはいい。どんどん知識と経験を吸収していく。こういう人材を戦争に使わなくて済むってことはありがたいことだよな」 キャプテンは、トラップ対策で憂鬱な気分だったのだが、眼下ののどかな光景を目にして、わずかながらも心を和ませることができた。すっかりおじさん気分なのだが、自分ではできれば意識したくないとも思っている。 その安穏とした時間は、すぐにうち破られる。 |